シャント抵抗と発熱
電流センサー
1.シャント抵抗の原理と発熱
モーターやインバーターなどの産業機器では、電流をモニタすることは安全面や性能面、そして効率面から必要不可欠です。そんな電流検出方法の一種に、シャント抵抗があります。シャント抵抗とは、通常の抵抗と原理は同じですが、電流測定用に特化したものです。図 1 のように、抵抗値既知のシャント抵抗に測定したい電流を流して、シャント抵抗の両端の電圧を測定することにより、オームの法則 V = IR を利用して、流れた電流値を計算することができます。つなぎ方は、電流測定したい部分に直列につなぎます。原理が簡単で使いやすいため、最もメジャーな電流検出方式です。
シャント抵抗も通常の抵抗器と同様、電流を流せば発熱します。発熱量はジュールの法則 P = I2R に従って、電流量の 2 乗と抵抗値に比例します。
2.シャント抵抗の発熱量
シャント抵抗の仕組みからシャント抵抗が発熱してしまうことがわかりました。では、シャント抵抗は実際どのくらい発熱するのでしょうか。
図2をご覧ください。右の条件で、シャント抵抗の表面温度を測定しました。すると最も温度が高い部分では約 80 °Cまで上昇していることがわかりました。温度上昇量は 55 °Cです。
温度上昇量は発熱量に比例するため、抵抗値が 2 倍になれば温度上昇量も 2 倍、電流値が 2 倍になれば温度上昇量は 4 倍になります。そのためシャント抵抗は大電流の測定には不向きです。一般的に発熱を気にせず使用できる電流の大きさは 10Arms 前後と言われています。
反対に温度上昇を抑えるためには、流れる電流量が同じであればシャント抵抗の抵抗値を小さくすればいいことがわかります。しかし、抵抗値が小さくなると、シャント抵抗の両端の検出電圧( V = IR )も小さくなってしまいます。シャント抵抗の検出電圧は、後段の信号処理で十分な S/N 比となるよう、ある程度大きくする必要があります。したがって発熱低減のためだけに抵抗値を小さくすることは望ましくありません。
実験条件
・シャント抵抗 = 5mΩ ・大きさ = 6432 (6.4mm × 3.2mm)
・電流量=20A
・室温 (25℃) 自然空冷下
3.発熱が及ぼす影響
シャント抵抗の発熱と S/N 比がトレードオフとなるため、抵抗値を下げて発熱を抑えることは難しい事がわかりました。では、シャント抵抗が発熱してしまうと何がいけないのでしょうか。主に二つの問題があります。
1.コスト増加、部品サイズ増加
シャント抵抗などの電子部品は、過度な発熱により、損傷してしまう恐れがあります。そのため電子部品には定格が定められており、マージンを持たせて安全に使用することが求められています。一般に定格が大きいものほどコストが高く、サイズが大きい傾向があります。
モーターやインバーターなどの産業機器の基板には様々な部品が載っています。近年、工場の集積化などにより、それらの基板は小型化しています。つまり、小さな基板にたくさんの部品が所狭しと実装されています。そのため、シャント抵抗の発熱によって他の電子部品の周囲温度が上昇してしまいます。その結果他の部品も動作環境温度などの定格が大きいものを選ばなければならず、システム全体のコスト増加や集積化/小型化の妨げになってしまうのです。
2.回路の複雑化、部品点数の増加
シャント抵抗も通常の抵抗と同様、温度によって抵抗値が変動します。検出電圧はシャント抵抗の抵抗値に比例するため、発熱による温度上昇によって抵抗値が変化すると、算出される電流の値にずれが生じます。したがってシャント抵抗で精度よく電流検出するためには、シャント抵抗の温度変化分を補正する温度補正回路が必要となります。これにより回路が複雑化し、部品点数が増加して小型化の妨げになってしまいます。
このようにシャント抵抗の発熱はシステム全体に多大な影響を及ぼすことがわかります。
4.シャント抵抗の発熱を抑えるには
シャント抵抗の発熱がシステムに及ぼす影響についてご覧いただき、発熱を抑えることの重要性がお分かりいただけたと思います。では、どうすればシャント抵抗の発熱を抑制できるのでしょうか。シャント抵抗の発熱によるシステムへの影響を抑制するためには、発熱量自体が減らせないため、熱をシステムの外に放熱するしかありません。
放熱は、熱伝導・対流(空気への熱伝導)・輻射の 3 つの現象で熱が他の物質や空気に移動することにより起こります。100 ℃以下では輻射による放熱量は大きくないため、シャント抵抗の発熱に対しては、工夫してもあまり効果はありません。そのため、熱伝導と対流を利用して機器の放熱効果を高める方法をご紹介します。
1.熱伝導による発熱改善
熱伝導による発熱の改善には3つの方法があります。
1-1. 基板配線による工夫
1-2. 基板ビアによる工夫
1-3. シャント抵抗の種類による工夫
1-1. 基板配線による工夫
部品から基板へ逃げた熱が”熱伝導”によって基板内部を伝わります。基板配線である銅箔は熱伝導率が高いため、銅箔の面積が大きくなれば水平方向に、厚みや層数が増えれば鉛直方向に、それぞれ熱が逃げる量が大きくなります。その結果、シャント抵抗の温度上昇を抑えることができます ( 図 3 参照 )。ただし、この方法は、基板の単位面積あたりのコスト増や基板サイズ増といった課題があります。
下記のデータはすべて以下のシャント抵抗を用いた計算値です。
・5mΩ ・大きさ=5025
また、特に記載がない場合、環境および基板は下記となっています。
・環境温度=25℃
・基板サイズ=30cm□ ・銅箔厚=70um
・配線領域=20mm × 40mm ・配線層数=4
1-2. 基板ビアによる工夫
ビアの本数やビアの太さ(直径)を変える事でも熱伝導は変化します。
図 4 はビア本数と直径を変化させて上昇温度を計算した結果です。計算結果から、ビアの本数が多く、直径が大きくなれば熱が逃げる量が大きくなることがわかります。また、シャント抵抗の近くまたは直下に配置することによっても、より効率よく熱を逃がすことができます。しかし、ビアの本数や径の効果には限度があります。また、ビアの本数が増加すると基板価格が増加することがあります。
1-3.シャント抵抗の種類による工夫
ャント抵抗の中には放熱性能が高い製品もあります。基板への放熱性能を上げて温度上昇を防いでいます。これらは一般的なシャント抵抗よりも価格が高くなります。また抵抗値が下がっているわけではないため、温度上昇の抑制には限界があります。
条件
・電流値=20A ・部品とビアの距離=2mm
・ビアのメッキ厚=20μm
2.対流による発熱改善
対流による発熱の改善には 2 つの方法があります。
2-1. 強制空冷による工夫
2-2. 放熱部品による工夫
2-1.強制空冷による工夫
ファンなどを用いて風速を上げることで、強制的に空冷することを強制空冷といいます。対流による放熱は風速の 1/2 乗に比例します。そのため、風速を上げれば放熱量も大きくなります。 (図 6 参照)
しかし、ファンで熱を逃がすには、筐体に通気口が必要となります。通気口を設けると、水やほこりに対して弱くなり、使用環境が制限されることになります。また、当然ファンを付ける分のコストが増加します。
下記のデータはすべて以下のシャント抵抗を用いた計算値です。
・5mΩ ・大きさ=5025 (5.0 x 2.5mm)
また、特に記載がない場合、環境および基板は下記となっています。
・環境温度=25℃
・基板サイズ=30cm□ ・銅箔厚=70um
・配線領域=20mm×40mm ・配線層数=4
2-2.放熱部品による工夫
発熱部分の真下や基板上に、図 7 のようなヒートシンクと呼ばれる放熱部品を取り付けることで放熱性能を向上させることができます。熱伝導率が高い材質を用い、表面積を大きくすることで対流による放熱量を増加させています。この方法では、放熱のみのために新たな部品を取り付けるため、コストやサイズの課題があります。
このように放熱対策には様々な方法があります。コストやサイズの課題はありますが、システムの温度を下げることが可能です。
「どのような対策をすれば、どのくらい放熱ができるか」はシミュレーションすることができます。これを熱設計といい、故障などの問題が起きないように事前にシミュレーションすることで、設計の手戻りを減らすことができます。
シャント抵抗はどうしても発熱が大きいので、この熱設計が必要不可欠です。
5.システムの密閉による放熱の難しさ
前章の 1-3. でご紹介したシャント抵抗の種類と、2-1. でご紹介した強制空冷について、もう少し考えてみたいと思います。
近年工場などでは自動化が進んでおり、ロボットなどが使われる場面が増加してきました。例えば食品工場などで使用する場合は、衛生上、ロボットを洗浄する必要があり、ロボットを密閉して防水対応にしなければなりません( IP 規格対応)。しかし、密閉されていては外に熱を逃がすことはできません。筐体に密閉されている状態と大気中で自然空冷されている状況では温度上昇はどのくらい変化するでしょうか。
自然空冷の状態では通常のシャント抵抗よりも温度上昇量が抑えられていた高放熱タイプの抵抗で見てみましょう。
開放系と密閉系の結果を比較します。(図 8 参照)
開放系では温度上昇量が低く抑えられていても、密閉すると熱の逃げ場がなくなってしまうため、温度が大きく上昇してしまうことがわかります。この傾向は電流量が増加するほど顕著に表れます。放熱性能が向上しても、密閉化・集積化が進めば、放熱が思うようにできずに温度が上昇してしまうのです。
やはり発熱量自体を抑えることが安全面やコスト面のためにも重要になります。
実験条件
シャント抵抗 = 5mΩ 4W 定格 大きさ = 5025 (5.0mm × 2.5mm)
*この実験では、通常よりも放熱性の高いシャント抵抗(前章 1-3. 参照 以下、高放熱タイプ)を使用
電流量=10,14,20A
このシャント抵抗の温度を、開放的な環境と、密閉した環境の2つで測定
低発熱な電流センサー ”Currentier”
これまで電流検出用途に用いられるシャント抵抗について、電流検出の原理から発熱原因や発熱量、発熱が及ぼす影響、放熱方法を解説してきました。
シャント抵抗は原理が簡単で使いやすい反面、発熱が大きく、放熱対策が必要なため、大電流の測定や密閉環境には不向きであることがわかりました。弊社がお客様のお話をお聞きする中では、10 ~ 20Arms がシャント抵抗の限界のようです。では、どのような用途でも発熱を気にせず、簡便に電流検出を行うにはどうすればよいでしょうか。
電流検出方式の中にはホール素子を用いたコアレス電流センサー IC があります。ホール素子の出力を利用するため、抵抗値が S/N 比に直接関係なく、抵抗を小さくできます。AKM の ”Currentier” はコアレス電流センサー IC の中でも発熱が非常に小さいです。
図9はシャント抵抗( 2 章の通常タイプ)と Currentier に同一基板を用いて、電流 20A を 10 分間通電した後の発熱量を比較した熱画像です。シャント抵抗がΔT= 55 °Cまで発熱しているのに対して、Currentier はΔT= 3 °Cとほとんど発熱していないことがわかります。
次に、Currentierも密閉系と開放系での温度上昇量についても 10A , 14A , 20A で測定し、シャント抵抗( 5 章の高放熱タイプ)の結果と比較しました。図 10 に結果を示します。高放熱タイプのシャント抵抗は密閉すると温度上昇量が非常に大きくなりますが、Currentier は密閉しても温度が低く抑えられています。この理由は、Currentier の抵抗値は" 0.27mΩ "と非常に小さいためです。
今後密閉環境下で電流検出をする際には放熱性能よりも発熱の小ささが重要になってきます。
実際のシステムに近い形で発熱を見たいお客様の為に発熱シミュレーションツールをご用意しました。
基板や環境条件をご入力いただくことで、即座に実効電流に対する温度上昇量を計算できます。
また、抵抗値を変えてのシミュレーションや、シャント抵抗・セメント抵抗等との比較も可能です。
お客様の熱設計に是非ご活用ください。
Currentier は低発熱のほかにも様々なメリットがあり、お客様の課題解決に貢献いたします。詳しくは下記リンク先をご覧ください。